“登場人物が知らないことを観客が知っている。当たり前のテクニックだ。
『ダイ・ハード』には、主人公が途中で出会う気弱な男が実はテロリストのボスだというシーンがある。気弱な男の正体を観客は知っているが主人公は知らない。だからこそ観客は気弱な男との会話シーンを見ていると凄まじく緊張するし、その後の「主人公は気弱な男の正体に感づいていた」というシーンが活きて来る。
だがバカが脚本を書くと、観客しか知らないことを何故か登場人物が知っているという現象が起きる。リュック・ベッソンが脚本を書いた『トランスポーター』で、ヒロインが誘拐された場所を主人公が知っている現象などがそれだ。
しかし究極のバカが脚本を書くと、登場人物も観客も情報を知らないまま話が進むのだ!この現象が起きると観客が置き去りになるのだが『少林少女』がそれをやってしまっている。具体的には「悪の学長が中国人美少女を誘拐し悪の施設に監禁した」という情報が観客にも登場人物にも知らされないまま映画が進む。だから中国人美少女は偶然助け出せたということになるのだが、それだと柴咲コウが悪の施設に突撃した意味がわからない。ハリウッドでこんな脚本を書いたら二度と仕事が来ないよ。こんな脚本家に仕事があるのは日本映画界だけだろうな。”
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